2025/12/05
登記簿謄本を英訳していると、「本店」という項目に出くわす。
当サイトでは「Registered Office」を基本訳としているが、そもそもこの「本店」という日本語、よく考えると不思議な言葉だ。
「本店」という言葉が連想させるもの
日本語で「本店」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
多くの人は「本店・支店」という対比を想像するのではないだろうか。百貨店の本店と支店、銀行の本店と支店——そういった、物理的な「お店」や「営業拠点」のイメージだ。
あるいは「本社」という意味で理解する人もいるだろう。会社の中枢機能がある場所、経営の中心地というニュアンスだ。
しかし、登記簿に記載される「本店」は、どちらとも少しずれている。
登記簿の「本店」とは何か
登記簿における「本店」とは、その会社の法的な所在地を指す。
小売業の「お店」ではない。実際に商品を売っている店舗がなくても、すべての会社に「本店」は存在する。IT企業でも、コンサルティング会社でも、製造業でも、登記簿には必ず「本店」の記載がある。
また、「本社機能がある場所」とも限らない。登記上の本店所在地と、実際に経営陣が執務している場所が異なるケースは珍しくない。バーチャルオフィスの住所を本店として登記している会社も多い。
つまり「本店」とは、会社が法的に「ここにいます」と届け出ている住所のことだ。裁判所からの送達や税務署からの通知が届く場所、法的な連絡先としての住所である。
なぜ「本店」と呼ぶのか
この用語には歴史的な経緯がある。
商法が制定された明治時代、会社といえば商店や銀行が中心だった。複数の営業拠点を持つ会社が「本店」と「支店」を区別し、その「本店」の所在地を登記するという発想は、当時としては自然なものだったのだろう。
しかし現代では、物理的な店舗を持たない会社のほうが多い。それでも法律用語として「本店」という言葉だけが残り続けている。
会社法第4条は「会社の住所は、その本店の所在地にあるものとする」と定めている。つまり法的には「本店の所在地=会社の住所」という等式が成り立つ。「本店」という言葉は、実質的には「会社の住所」を意味する法律用語なのだ。
英語ではどう表現されるか
英語圏では、この概念に対していくつかの表現が使われる。
Registered Office——「登記された事務所」という意味で、法的な所在地であることを明確に示す。イギリス法系の国で広く使われる表現だ。
Head Office——「本部」「本社」というニュアンスが強い。経営の中心地という意味合いを持つ。
Principal Place of Business——「主たる営業所」という意味で、実際に事業活動を行っている場所を指すことが多い。
登記簿の「本店」を訳す場合、「登記上の所在地」という法的な意味を正確に伝えるには「Registered Office」が最も適切だ。「Head Office」は本社機能を連想させるため、登記上の所在地と実際の本社所在地が異なる場合に誤解を招く可能性がある。
支店との関係
登記簿には「支店」を登記することもできる。では「本店」は「支店」の対義語なのだろうか。
法的には、本店と支店は対等な関係ではない。本店はすべての会社に必須だが、支店の登記は任意だ。支店を一つも持たない会社がほとんどであり、その場合でも「本店」は存在する。
つまり「本店」は「支店があるから本店がある」という関係ではなく、会社の法的所在地を示す独立した概念である。支店の有無にかかわらず、すべての会社には「本店」がある。
翻訳実務への示唆
登記簿の「本店」を英訳する際、以下の点を意識しておくと良い。
1. 「Store」「Shop」は避ける
「本店」を「Main Store」と訳すのは誤訳だ。登記簿の「本店」は小売の店舗ではない。IT企業の登記簿を「Main Store」と訳したら、読み手は混乱するだろう。
2. 「Registered Office」と「Head Office」の使い分け
登記上の所在地であることを明確にしたい場合は「Registered Office」を使う。経営の中心地という意味合いを出したい場合は「Head Office」を使うが、登記簿翻訳では前者が基本だ。
3. 実際の所在地との乖離に注意
登記上の本店所在地と、実際に事業活動を行っている場所が異なるケースがある。海外提出の際に両者の整合性を問われることもあるため、必要に応じて説明を添えることを検討する。
結論
登記簿の「本店」は、お店でも本社でもない。
それは会社の法的な所在地であり、法的な通知が届く住所、会社が「ここにいます」と届け出ている場所だ。
「本店」という語感に引きずられると、小売の店舗や経営の中心地を連想してしまう。しかし実態は「所在地」である。英訳の際は「Registered Office」を基本とし、必要に応じて「Head Office」や補足説明を使い分けることで、正確な意味を伝えられる。