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監査役は本当に機能するのか —会計監査人との「温度差」を考える

time 2026/01/16

登記簿謄本を英訳していると、「監査役」という役職が出てくる。

当サイトでは「Company Auditor」を基本訳としているが、この「監査役」という制度、海外の人に説明するとき、いつも少し引っかかるものがある。

監査役と会計監査人(監査法人)は別物だ、という説明はできる。しかし、「監査役は取締役の職務執行を監査する」と言ったとき、海外の人から「それは本当に機能しているのか?」と問われると、正直、言葉に詰まることがある。

監査役と会計監査人の違い——おさらい

まず、監査役と会計監査人の違いを整理しておこう。

監査役 会計監査人
英訳 Company Auditor / Corporate Auditor Accounting Auditor / External Auditor
選任 株主総会で選任 株主総会で選任
資格 特別な資格は不要 公認会計士または監査法人
立場 会社の機関(内部) 外部の専門家
主な役割 取締役の職務執行の監査 財務諸表の監査
報酬 会社から支払われる 会社から支払われる

要するに、監査役は「会社の中の人」として取締役を監視する役割、会計監査人は「外部の専門家」として財務諸表の正確性を検証する役割を担う。

会計監査人は、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)や上場会社に設置が義務付けられている。それ以外の会社では任意だ。

会計監査人(監査法人)が機能しやすい理由

会計監査人、つまり監査法人による監査は、比較的機能しやすいと言われる。

その理由はいくつかある。

1. 外部性

監査法人は会社の外部にいる。会社の従業員ではないし、経営陣と日常的に顔を合わせるわけでもない。心理的な距離があるため、問題を指摘しやすい。

2. 専門性

公認会計士という国家資格を持つプロフェッショナルが、財務諸表の正確性を検証する。会計基準に照らして客観的に判断できる専門知識がある。

3. 法的責任

監査法人は、虚偽の監査報告を行えば、公認会計士法に基づく行政処分や、投資家からの損害賠償請求を受けるリスクがある。不正を見逃すことのコストが高い。

4. 評判リスク

監査法人は複数のクライアントを持っている。一社で不正を見逃せば、その評判は他のクライアントとの関係にも影響する。監査法人としてのブランドを守るインセンティブがある。

もちろん、監査法人による監査も万能ではない。エンロン事件やオリンパス事件など、監査法人が機能しなかった事例も存在する。しかし、制度として外部監査が一定程度機能する仕組みは整っている。

監査役が機能しにくい構造的な問題

では、監査役はどうか。

率直に言えば、監査役制度には構造的な弱点がある。

1. 内部者である

監査役は会社の機関であり、会社の「中の人」だ。会社から報酬を受け取り、会社の中で仕事をする。取締役と同じ建物で、同じ会議に出席し、日常的に顔を合わせる。

この「近さ」が、監査機能を鈍らせる。社長や専務が目の前にいる状態で、「あなたの経営判断は問題がある」と指摘できるだろうか。人間関係のしがらみの中で、厳しい指摘をすることは心理的に難しい。

2. 選任のプロセス

監査役は株主総会で選任される。形式的には株主が選ぶことになっているが、実態としては経営陣が候補者を推薦し、株主総会で承認されるというパターンが多い。

つまり、監査される側(経営陣)が、監査する側(監査役)の候補者を事実上選んでいるケースが少なくない。これでは、経営陣に厳しいことを言える人が監査役になりにくい。

3. キャリアパス

伝統的な日本企業では、監査役は「上がりのポスト」と見なされることがあった。長年会社に貢献した人が、引退前の最後のポストとして監査役に就く——そういうパターンだ。

こうした監査役は、会社への愛着や同僚への配慮から、厳しい監査がしにくい。また、監査の専門知識を持っていないことも多い。

4. 情報の非対称性

監査役は、取締役会への出席や報告書の閲覧を通じて情報を得る。しかし、経営陣がすべての情報を正直に開示するとは限らない。都合の悪い情報は隠されることもある。

外部の監査法人であれば、「この資料を見せてください」「この取引の根拠を説明してください」と強く求めることができる。しかし、内部の監査役が同じことをするのは、人間関係上、難しい場合がある。

「お仲間」問題——監査役と経営陣の距離

結局のところ、監査役の問題は「お仲間」問題に集約される。

監査役は、監査対象である経営陣と同じ会社の「お仲間」だ。同じ釜の飯を食い、同じ目標に向かって働いてきた仲間を、客観的に監査することは難しい。

監査法人であれば、クライアント企業の経営者は「お客様」であって「お仲間」ではない。もちろん良好な関係を維持する必要はあるが、本質的には外部者としての距離感がある。

この「温度差」は、監査の実効性に大きな影響を与える。

制度改革の動き——社外監査役と新しい機関設計

こうした問題意識から、日本でも監査制度の改革が進められてきた。

1. 社外監査役の義務化

公開会社で監査役会を設置する場合、監査役の半数以上を社外監査役とすることが義務付けられている。社外監査役は、過去にその会社の取締役・従業員等でなかった人物であり、内部者よりは客観的な視点を持ちやすい。

しかし、社外監査役といっても、経営陣の推薦で選ばれることが多く、完全な独立性が確保されているとは言い難い面もある。

2. 監査等委員会設置会社

2015年の会社法改正で導入された機関設計だ。監査役を置く代わりに、取締役会の中に「監査等委員会」を設置する。監査等委員である取締役(過半数は社外取締役)が、取締役の職務執行を監査する。

監査役よりも取締役会への関与が強く、監督機能が高まることが期待されている。

3. 指名委員会等設置会社

アメリカ型のガバナンスに近い機関設計だ。取締役会の中に「指名委員会」「監査委員会」「報酬委員会」を置き、各委員会の過半数を社外取締役とする。監査委員会が監査機能を担う。

監査役制度よりもアメリカ人には馴染みやすい構造だが、導入している日本企業はまだ少数派だ。

海外から見たときの印象

日本企業の登記簿を英訳して海外に提出するとき、「Company Auditor」という役職を見た相手は、どう感じるだろうか。

「Auditor」という言葉から、彼らは外部監査人を連想しやすい。会計監査を行う独立した専門家——そういうイメージだ。

しかし実態を説明すると、「会社の中の人が、会社の経営者を監査する」という構造に違和感を持つ人もいる。「それは本当に機能するのか?」「利益相反はないのか?」という疑問だ。

アメリカの上場企業であれば、監査機能は主に取締役会の監査委員会(Audit Committee)が担い、その委員は社外取締役で構成される。外部性・独立性が制度として確保されている。

日本の監査役制度は、そうしたアメリカ型のガバナンスとは異なる独自の仕組みだ。独自であること自体は問題ではないが、その実効性については疑問の目が向けられることがある。

翻訳実務への示唆

登記簿の「監査役」を英訳する際、以下の点を意識しておくと良い。

1. 「Auditor」単独は避ける

「Auditor」だけだと会計監査人と混同されやすい。「Company Auditor」または「Corporate Auditor」として、会社の機関であることを明示する。

2. 必要に応じて補足説明を

相手がガバナンス構造に関心を持っている場合(M&A、投資、合弁など)、監査役の役割と限界について補足説明ができるようにしておくと良い。

3. 機関設計の違いに注意

監査役設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社では、監査機能を担う機関が異なる。英訳の際は、どの機関設計かを確認し、適切な訳語を選ぶ。

機関設計 監査機能を担う機関 英訳例
監査役設置会社 監査役 / 監査役会 Company Auditor / Board of Company Auditors
監査等委員会設置会社 監査等委員会 Audit and Supervisory Committee
指名委員会等設置会社 監査委員会 Audit Committee

結論

監査役と会計監査人(監査法人)は、どちらも「監査」という言葉を使うが、その実態には大きな「温度差」がある。

会計監査人は外部の専門家であり、独立した立場から財務諸表を検証する。一方、監査役は会社の内部機関であり、経営陣と同じ「お仲間」という構造的な弱点を抱えている。

監査役制度の形骸化は長年指摘されてきた問題であり、社外監査役の義務化や監査等委員会設置会社の導入など、改革も進められている。しかし、伝統的な日本企業では、監査役が十分に機能しているとは言い難いケースも残っている。

登記簿を英訳する際は、「Company Auditor」という訳語を使いつつ、相手の関心に応じて制度の特徴や限界を説明できるようにしておくことが、誠実なコミュニケーションにつながる。

この記事の著者

ニシヤマ "登記簿マスター" カツユキ

翻訳専門タイナーズの代表者。2006年に原稿作成会社を立ち上げ、その後、翻訳業務を開始する。自身は言語学を応用した研究領域の大学院既卒者(修士)。表現のニュアンスを大切にしている。

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