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登記簿の「目的」は、企業理念ではなく「事業の範囲」である

time 2026/01/12

登記簿謄本を英訳する際、「目的」という項目をどう訳すかは意外と悩ましい。

当サイトでは「Business Purposes」を基本訳としているが、そもそもこの「目的」という日本語、少し引っかかるものがある。

「目的」という言葉が持つ二つの顔

日本語で「目的」「事業目的」と聞くと、多くの人は「何のためにその会社を動かしているのか」という問いを思い浮かべるのではないだろうか。企業理念、経営理念、ミッション——そういった”Why”の領域に近い響きがある。

しかし、登記簿に記載される「目的」は、そういう話ではない。

登記簿の「目的」とは、「この会社は何をやってよいのか」という事業内容・事業範囲を示すものだ。”Why”ではなく”What”の問いに答えるものである。

なぜ「目的」と呼ぶのか——法的な背景

この「目的」という用語には歴史的な経緯がある。

かつて会社法の世界には「ultra vires(ウルトラ・ヴィーレス)の法理」というものがあった。ラテン語で「権限外」を意味し、会社が定款に定めた目的の範囲外で行った行為は無効とされる、という考え方だ。

つまり「目的」とは、会社の権利能力の範囲を画定する境界線だった。「この目的のために会社は存在する」という理念的な宣言ではなく、「この範囲でしか会社は動けない」という法的な枠組みを示すものだったのだ。

現在の日本法ではこの法理は大幅に緩和されており、目的外の行為であっても直ちに無効とはならない。しかし、登記簿の「目的」欄は今も「この会社はこの範囲の事業を行う」という宣言として機能している。

英語圏では「Objects」という表現も使われる

英語圏の会社法では、同様の概念に「Objects」という言葉が使われることがある。

「Object」は「対象」「客体」という意味であり、「Purpose」よりも”What”のニュアンスが明確だ。「会社が取り扱う対象=事業の範囲」という理解がしやすい。

一方、「Purpose」には「目的」「意図」というニュアンスがあり、”Why”の響きを完全には消せない。

当サイトが「Business Purposes」を基本訳としているのは、英文登記関連書類で広く使われている表現だからだが、提出先によっては「Objects」のほうが馴染む場合もある。文脈に応じた使い分けが求められる。

翻訳実務への示唆

登記簿の「目的」を英訳する際、以下の点を意識しておくと良い。

1. 「Purpose」を「理念」と誤読されないようにする

提出先が「Purpose」を企業理念(Mission)と混同する可能性がある場合は、「Business Purposes」と明記するか、「Objects」を使うことで誤解を防げる。

2. 文書内での訳語統一

同一文書内で「Purpose」と「Objects」が混在すると、読み手に混乱を与える。どちらを採用するにせよ、統一することが重要だ。

3. 必要に応じて補足を入れる

海外審査やライセンス申請で「目的」欄が注目される場面では、「Business Purposes (Scope of Business)」のように補足を添えることで、意味が明確になる。

まとめ

登記簿の「目的」は、企業理念ではない。

それは「この会社は何をやってよいのか」を示す事業の範囲であり、法的には会社の権利能力の境界線を画定する概念だ。

日本語の「目的」という語感に引きずられると、翻訳時に誤解を招く可能性がある。英訳の際は「Business Purposes」または「Objects」を文脈に応じて使い分け、必要であれば「Scope of Business」などの補足を添えることで、正確な意味を伝えられる。

この記事の著者

ニシヤマ "登記簿マスター" カツユキ

翻訳専門タイナーズの代表者。2006年に原稿作成会社を立ち上げ、その後、翻訳業務を開始する。自身は言語学を応用した研究領域の大学院既卒者(修士)。表現のニュアンスを大切にしている。

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