登記簿の翻訳とスーツケース

登記簿の翻訳に係るお役立ち情報をお伝えしています。

「就任」と「選任」は違う—登記簿を読み解くための時間軸の理解

time 2026/01/14

登記簿謄本には「就任」という言葉が頻繁に出てくる。役員欄には「2024年4月1日 就任」といった記載がある。

一方、株主総会議事録や取締役会議事録には「選任」という言葉が使われる。「山田太郎を取締役に選任する」といった具合だ。

この「就任」と「選任」、表面的には同じように見えるかもしれない。どちらも「役員になること」を意味しているように思える。しかし、実は両者には明確な違いがある。

その違いを理解しておくことは、登記簿を正確に読み解き、正確に英訳するために重要だ。

「選任」とは——資格を得ること

「選任」とは、ある人を特定の役職に選ぶ行為を指す。

株式会社の取締役であれば、株主総会の決議によって選任される。監査役も同様だ。代表取締役は、取締役会設置会社であれば取締役会の決議によって選定される。

選任の時点で、その人は「取締役になる資格」を得たことになる。しかし、この段階ではまだ取締役として職務を行っているわけではない。

たとえるなら、選挙で当選した状態だ。当選しただけでは、まだ議員として活動しているわけではない。「議員になる資格を得た」段階である。

「就任」とは——実際に職務に就くこと

「就任」とは、選任された人が、その役職に実際に就くことを指す。

選任されただけでは、役員としての権限は発生しない。本人がその役職に就くことを承諾し、実際に職務を開始して初めて「就任」となる。

先ほどの例で言えば、当選した人が議員バッジを付けて初登院し、議員としての活動を開始する状態だ。

会社法的には、取締役の就任は「選任の決議」+「本人の就任承諾」によって効力が生じる。つまり、選任されても本人が承諾しなければ、就任は成立しない。

時間軸で見る「選任」と「就任」

両者の違いを時間軸で整理すると、以下のようになる。

段階 行為 意味 英訳
1 選任(選定) 役職に選ばれる。資格を得る Appointment / Election
2 就任承諾 本人が就任を承諾する Acceptance of Appointment
3 就任 実際に役職に就く。職務開始 Assumption of Office

通常、これらは同じ日に行われることが多い。株主総会で選任され、その場で就任を承諾し、同日付で就任する——というパターンだ。

しかし、必ずしも同日とは限らない。たとえば、「6月の株主総会で選任し、7月1日付で就任する」というケースもある。新任の役員が前職の引き継ぎを終えてから就任する場合などだ。

登記簿に記載されるのは「就任」

登記簿謄本の役員欄に記載されるのは「就任」日である。「選任」日ではない。

これは、登記簿が「現在の会社の状態」を公示するものだからだ。役員が実際に職務に就いている状態——つまり「就任」した状態——を公示することに意味がある。

選任の決議が行われただけで、まだ就任していない段階では、その人は法的にはまだ役員ではない。だから登記簿には載らない。

議事録に記載されるのは「選任」

一方、株主総会議事録や取締役会議事録に記載されるのは「選任」の決議だ。

「第○号議案 取締役選任の件」として、「山田太郎を取締役に選任する」という決議が記録される。

議事録は「会議で何が決まったか」を記録するものだ。会議で行われるのは「選ぶ」という行為——つまり「選任」——であり、実際に職務に就く「就任」は会議の外で起きることだ。

英訳における使い分け

この違いは、英訳においても重要だ。

選任の英訳:

  • Appointment——最も一般的。「任命する」「指名する」の意味
  • Election——株主総会での選任に使われることがある。「選出」の意味

就任の英訳:

  • Assumption of Office——「職に就くこと」を明確に表す
  • Taking Office——同様の意味

「Appointment」は「選任」と「就任」の両方の意味で使われることがあるため、文脈によっては曖昧さが生じる。登記簿の「就任」を訳す際は、「Assumption of Office」または「Assumed office」を使うことで、「実際に職務に就いた」という意味を明確にできる。

実務で混乱が起きやすいケース

「選任」と「就任」の混同は、以下のような場面で問題になりやすい。

1. 日付の確認

「この人はいつから取締役なのか?」という問いに対して、「選任日」を答えるか「就任日」を答えるかで、日付が異なることがある。法的に意味があるのは「就任日」だ。

2. 登記と議事録の照合

海外提出の際、登記簿と議事録を併せて提出することがある。登記簿には「就任」、議事録には「選任」と書いてあるため、「同じ人の同じ役職なのに、用語が違う」と相手が混乱することがある。

3. 英訳の不統一

登記簿の「就任」も議事録の「選任」も同じ「Appointment」と訳してしまうと、両者の区別がつかなくなる。文書の性質に応じて訳し分けることが望ましい。

翻訳実務への示唆

登記簿の「就任」を英訳する際、以下の点を意識しておくと良い。

1. 登記簿の「就任」は「Assumption of Office」が基本

「実際に職務に就いた」という意味を明確にするため、当サイトでは「Assumption of Office」または「Assumed office on [日付]」を推奨している。

2. 議事録の「選任」は「Appointment」または「Election」

株主総会議事録で取締役を選任する決議は、「Resolution for Appointment of Directors」などと訳す。

3. 同一人物の役員就任を複数書類で説明する場合は注意

登記簿と議事録を併せて提出する場合、「選任(Appointment)」と「就任(Assumption of Office)」の関係を相手に説明できるようにしておくと、混乱を防げる。

まとめ

「選任」と「就任」は、表面的には同じように見えるが、意味が異なる。

「選任」は、ある人を役職に選ぶ行為であり、「就任する資格を得た」段階を指す。「就任」は、選任された人が実際に職務に就くことであり、「まさに就任した」状態を指す。

時間軸で言えば、選任 → 就任承諾 → 就任という順序になる。登記簿に記載されるのは「就任」日であり、議事録に記載されるのは「選任」の決議だ。

英訳においても、この違いを意識して訳し分けることで、より正確な翻訳が可能になる。

この記事の著者

ニシヤマ "登記簿マスター" カツユキ

翻訳専門タイナーズの代表者。2006年に原稿作成会社を立ち上げ、その後、翻訳業務を開始する。自身は言語学を応用した研究領域の大学院既卒者(修士)。表現のニュアンスを大切にしている。

メニュー
 
海外提出のための認証(公証・認証・アポスティーユ)
 
国別・用途別:必要書類ガイド
 
取得完全ガイド(オンライン/窓口/郵送)
 
登記簿謄本の英訳 完全ガイド
 
登記簿謄本(登記事項証明書)とは
 
登記簿謄本の読み方(項目別)
 

登記簿×英訳 用語集(辞書)
 
 

翻訳の専門タイナーズの登記簿謄本専門サイトです。
登記簿謄本(履歴事項全部証明書など)の英語版について、お役立ち情報をお伝えしています。
公証役場に行かれるまでの確認などにご利用いただくと円滑です。

運営責任者 西山