登記簿の翻訳とスーツケース

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「退任」は「退社」ではない。登記簿を読むときの注意点

time 2026/02/15

登記簿の役員欄を見ると、「退任」「辞任」「任期満了」「解任」といった記載がある。これらはすべて、役員がその職を離れたことを示す言葉だ。

しかし、ここで一つ注意が必要だ。

これらはすべて「その役職を」離れたことを意味しており、「その会社を」辞めたこととは限らない。

退任と退社は違う。この区別を理解しておくと、登記簿の読み方がより正確になる。

登記簿に載るのは「役職」の変動

登記簿の役員欄には、取締役、監査役、代表取締役などの役職者が記載される。そして、その役職に就いた日(就任)と、その役職を離れた日(退任など)が記録される。

ここで記録されているのは、あくまで役職の変動だ。

たとえば、「令和6年6月30日 退任」と書いてあれば、その日にその役職を離れたことが分かる。しかし、その人がその会社に在籍しているかどうかは、登記簿からは分からない

退任・辞任・任期満了・解任の違い

登記簿に出てくる「役職を離れる」表現には、いくつかの種類がある。

退任

役職を離れたことを示す一般的な表現。理由を特定しない、広い意味での「役職終了」。

辞任

本人の意思で役職を辞めること。自発的な退任。

任期満了

定められた任期が終了したことによる退任。取締役の任期は原則2年(非公開会社は最長10年)、監査役は原則4年。任期が満了すれば、再任されない限り自動的に役職を離れる。

解任

株主総会の決議などにより、役職を解かれること。本人の意思ではなく、会社側の判断による退任。

これらはすべて、「その役職を」離れたことを示している。「その会社を」辞めたかどうかは、別の話だ。

役職を離れても会社にいる場合

実際のビジネスでは、役職を離れた後も会社に残るケースはいくらでもある。

ケース1:取締役を退任し、顧問になる

長年取締役を務めた人物が、取締役を退任した後、顧問や相談役として会社に残ることがある。登記簿上は「退任」だが、会社との関係は続いている。

ケース2:代表取締役を退任し、平取締役になる

代表取締役を退任しても、取締役としては残るケース。この場合、「代表取締役を退任」したが、「取締役としては在任中」ということになる。

ケース3:取締役を任期満了で退任し、従業員として継続

もともと従業員だった人が取締役に就任し、任期満了後に再び従業員として働くケース。登記簿上は「退任」だが、雇用関係は継続している。

いずれの場合も、登記簿には「退任」と記載されるが、その人が会社からいなくなったわけではない。

役職を離れて会社も辞める場合

もちろん、役職を離れると同時に会社との関係も終わるケースもある。

ケース1:辞任して転職する

取締役を辞任し、別の会社に移る。役職も会社との関係も同時に終わる。

ケース2:解任されて会社を去る

解任という形で役職を解かれた場合、会社に残ることは難しいことが多い。ただし、解任されても従業員としての地位が残る可能性はゼロではない。

ケース3:定年退職

取締役の任期満了と、従業員としての定年退職が同時に来るケース。

しかし、登記簿を見ただけでは、これらの区別はつかない。登記簿に載るのは役職の変動だけであり、雇用関係や顧問契約などの情報は載らないからだ。

英訳するときの注意

この「退任≠退社」の区別は、登記簿を英訳するときにも重要だ。

「退任」を英訳するとき、単純に「left the company」などと訳すと、会社を辞めたという誤解を与えかねない。

正確には、以下のような表現を使う。

  • Retirement from Office(役職からの退任)
  • Resigned from the position of Director(取締役の職を辞任した)
  • Removed from the position of Director(取締役の職を解任された)
  • Term of office expired(任期が満了した)

いずれも「役職を」離れたことを明確にする表現だ。「会社を辞めた」と読み取られないように注意する。

海外の読み手が混乱しやすいポイント

海外、特にアメリカの読み手にとって、日本の登記簿の役員欄は分かりにくい部分がある。

アメリカでは、取締役(Director)と執行役員(Officer)の区別が明確だ。取締役は株主総会で選任され、会社の重要事項を決定する。執行役員は取締役会で任命され、日常業務を執行する。

一方、日本では「取締役」という一つの役職に、経営の意思決定と業務執行の両方が含まれることがある。さらに、取締役でありながら従業員でもある「使用人兼務取締役」という存在もある。

このような背景の違いがあるため、日本の登記簿を英訳して海外に提出するとき、「退任」の意味を正確に伝えることが重要になる。「この人はまだ会社にいるのか」という質問が来ることもあり得る。

登記簿から分かること、分からないこと

登記簿は、会社の基本情報を公示するための書類だ。しかし、すべての情報が載っているわけではない。

登記簿から分かること

  • 誰がいつ役職に就いたか(就任日)
  • 誰がいつ役職を離れたか(退任日)
  • 退任の理由(辞任・任期満了・解任など)

登記簿から分からないこと

  • その人が会社に在籍しているかどうか
  • その人が従業員としても働いていたかどうか
  • 退任後に顧問や相談役になったかどうか
  • その人の現在の連絡先や勤務先

登記簿は「役職の記録」であり、「人の在籍記録」ではない。この点を理解しておくと、登記簿の読み方が変わる。

まとめとして

登記簿に記載される「退任」「辞任」「任期満了」「解任」は、すべて「その役職を」離れたことを意味する。「その会社を」辞めたことを意味するわけではない。

退任した役員が、顧問として残ることもある。従業員として働き続けることもある。解任されても、雇用契約は別の話だ。

登記簿に載っているのは役職の変動だけであり、その人が会社に在籍しているかどうかは、登記簿からは分からない。

この区別を理解しておくと、登記簿の読み方がより正確になり、英訳するときの誤訳も防げる。

この記事の著者

ニシヤマ "登記簿マスター" カツユキ

翻訳専門タイナーズの代表者。2006年に原稿作成会社を立ち上げ、その後、翻訳業務を開始する。自身は言語学を応用した研究領域の大学院既卒者(修士)。表現のニュアンスを大切にしている。

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