登記簿の翻訳とスーツケース

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日本の取締役会とアメリカの取締役会は、同じ「Board of Directors」でも役割が違う

time 2026/01/12

登記簿謄本には、「取締役会設置会社」という記載が登場することが多い。(きわめて多いと言ったほうがいいだろう)

これを「Company with Board of Directors」と訳すのは問題ない。しかし、この「Board of Directors」という言葉、日本とアメリカ・カナダでは指し示す実態がかなり異なる。

同じ英語を使っていても、経営における役割が違うのだ。

日本の取締役会—「経営する人たち」の会議

日本の取締役会を構成するのは誰か。

多くの日本企業では、取締役会のメンバーは社長、副社長、専務取締役、常務取締役といった、いわゆる「経営陣」だ。彼らは取締役であると同時に、日々の業務執行を担う執行役員でもある。

つまり、日本の取締役会は「経営を執行する人たち」が集まって、経営の意思決定を行う場になっていることが多い。取締役会で決めたことを、その取締役自身が実行する。決定と執行が同じ人間によって行われる構造だ。

会社法上、取締役会設置会社の取締役会は「業務執行の決定」「取締役の職務執行の監督」「代表取締役の選定・解職」を行うとされている。しかし実態としては、業務執行の決定が中心であり、監督機能は形骸化しがちだと指摘されてきた。

このような取締役会のあり方は、「マネジメント・ボード」型と呼ばれる。

アメリカの取締役会—「経営を監督する人たち」の会議

アメリカの取締役会(Board of Directors)は、構成が根本的に異なる。

アメリカの上場企業では、取締役会の過半数、あるいは大多数が社外取締役(Outside Director / Independent Director)で占められている。ニューヨーク証券取引所やNASDAQの上場規則は、取締役会の過半数を独立取締役とすることを要求している。

これらの社外取締役は、会社の日常業務には関与しない。彼らの役割は、CEO(最高経営責任者)をはじめとする経営陣の業務執行を監督することだ。

業務執行を行うのは、CEO、CFO(最高財務責任者)、COO(最高執行責任者)といった「Officer(執行役員)」たちである。彼らは取締役会から選任され、取締役会に報告し、取締役会によって監督される。CEOが取締役を兼ねることは多いが、それでも取締役会全体としては監督機能が中心だ。

このような取締役会のあり方は、「モニタリング・ボード」型と呼ばれる。

構成の違いを図で見る

両者の違いを整理すると、以下のようになる。

日本(従来型) アメリカ
取締役会の主な構成 社長・副社長・専務・常務など業務執行者 社外取締役が過半数以上
取締役会の主な役割 業務執行の意思決定 経営陣の監督
業務執行を行う人 取締役自身 Officer(CEO、CFOなど)
モデル名 マネジメント・ボード モニタリング・ボード

なぜこのような違いが生まれたのか

この違いには歴史的・制度的な背景がある。

アメリカでは、所有と経営の分離が早くから進んだ。株式が広く分散し、株主が経営を直接監視することが難しくなったため、株主の代理人として経営を監督する機関が必要になった。それが取締役会だ。

一方、日本では戦後長らく、銀行や取引先企業による株式持ち合いが一般的だった。「物言わぬ株主」が多く、経営者の裁量が大きかった。取締役会は経営陣の会議体として機能し、監督機能は相対的に弱かった。

また、日本には監査役という独自の監督機関があり、取締役会とは別に監査役が取締役の職務執行を監査する仕組みになっていた。これも、取締役会自体の監督機能が発達しなかった一因とされる。

日本でも変化が進んでいる

近年、日本でもコーポレートガバナンス改革が進み、取締役会のあり方は変化しつつある。

2015年に施行されたコーポレートガバナンス・コードは、上場企業に対して独立社外取締役の選任を求めた。現在では、東証プライム市場上場企業は取締役の3分の1以上を独立社外取締役とすることが求められている。

また、2015年の会社法改正で「監査等委員会設置会社」という機関設計が導入され、取締役会の監督機能を強化する選択肢が広がった。さらに、以前から存在する「指名委員会等設置会社」は、アメリカ型のモニタリング・ボードに近い構造を持つ。

このように、日本の取締役会も徐々にモニタリング・ボード型に近づきつつある。しかし、伝統的な日本企業では依然としてマネジメント・ボード型の実態が残っている場合も多い。

「Board of Directors」という訳語の限界

ここで翻訳の問題に戻ろう。

日本の「取締役会」を「Board of Directors」と訳すこと自体は正しい。しかし、アメリカ人やカナダ人がこの言葉を読んだとき、彼らは自国のモニタリング・ボードをイメージする可能性が高い。

「Board of Directorsで決議した」と聞けば、彼らは「社外取締役が多数を占める監督機関が承認した」と理解するかもしれない。しかし日本企業の実態は、「社長以下の経営陣が集まって決めた」ということかもしれない。

この認識のギャップは、海外との取引や合弁事業、M&Aの場面で問題になりうる。相手方のデューデリジェンスで「御社のBoard of Directorsの構成は?」と聞かれたとき、日本企業の実態をどう説明するかは慎重に考える必要がある。

翻訳実務への示唆

登記簿の「取締役会」を英訳する際、以下の点を意識しておくと良い。

1. 訳語自体は「Board of Directors」で問題ない

法的な対訳としては「Board of Directors」が正確だ。登記簿謄本を英訳する段階では、別の訳語を当てる必要はないし、注釈を付ける必要も通常はない。書類としての翻訳は、これで完結する。

2. 問題が生じるのは「現地での会話」

認識のギャップが顕在化するのは、登記簿の翻訳段階ではない。現地に赴いて、相手方と直接コミュニケーションを取る場面だ。

たとえば、合弁交渉やM&Aのデューデリジェンス、投資家向け説明会などで「Our Board of Directors approved this transaction.」と発言したとする。アメリカ人の相手は「社外取締役が過半数を占める監督機関が承認した」と理解するかもしれない。しかし実態は「社長以下の経営陣が集まって決めた」ということかもしれない。

この認識のズレは、相手の期待値と実態の乖離を生む。後になって「御社のガバナンス体制は聞いていた話と違う」というトラブルに発展する可能性もある。

3. 違いを認識しておくことでスムーズになる

だからこそ、海外の相手方と取締役会について話す機会がある人は、日米の違いを認識しておいた方がよい。

必要に応じて、「日本の取締役会は、アメリカとは構成が異なり、業務執行を担う取締役が中心です」と補足説明を添えることで、相手の理解が正確になる。あるいは「当社は指名委員会等設置会社で、社外取締役が過半数を占めています」と説明できれば、アメリカ人にも馴染みやすい。

登記簿の英訳は入り口に過ぎない。その先にある現地でのコミュニケーションを見据えて、制度の違いを理解しておくことが、スムーズな取引や交渉につながる。

まとめ

日本の取締役会とアメリカ・カナダの取締役会は、同じ「Board of Directors」と訳されるが、その役割は異なる。

日本の伝統的な取締役会は、業務執行者が集まって経営の意思決定を行う「マネジメント・ボード」型だ。一方、アメリカの取締役会は、社外取締役が多数を占め、経営陣を監督する「モニタリング・ボード」型である。

登記簿謄本の英訳段階では「Board of Directors」で問題ない。しかし、現地で相手方と自社の取締役会について話す場面では、この違いを認識しておいた方がスムーズだ。相手が何をイメージしているかを理解し、必要に応じて補足説明を添えることで、認識のギャップを防ぎ、より正確なコミュニケーションが可能になる。

この記事の著者

ニシヤマ "登記簿マスター" カツユキ

翻訳専門タイナーズの代表者。2006年に原稿作成会社を立ち上げ、その後、翻訳業務を開始する。自身は言語学を応用した研究領域の大学院既卒者(修士)。表現のニュアンスを大切にしている。

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